この間まで——
まぶたを閉じても、すました顔の彼女しか出てこなかった。
いつも、あんなに笑っていたのに。
なぜだろう、
笑い声だけは耳に残ってるのに、
顔はすまし顔のまま、浮かんでこなかった。
無理に思い出そうとしても、
ほんの一瞬、
かすかな微笑みがよぎるだけ。
あの空気、あの時間。
あの目線の高さに戻るには、
とても深く、集中しなければならなかった。
このまま、
深い海底に潜ってしまうのだろうか——
そんな不安を打ち消すように、
僕は、空想の旅に出た。
笑顔を取り戻すために、
僕は“機械の身体”を手に入れた。
すべてを飲み込むバミューダ・トライアングルに向かって、
巨大なポセイドンに立ち向かった。
笑顔を奪ったその強大な存在に、
ひとりで戦いを挑む僕。
機械の腕で海を裂き、
目の奥の海底都市を照らし出す。
激しい戦いの末、
僕は笑顔を取り戻し、
その場所には、
ネジだけが静かに転がっていた。
ある日、
彼女がぽつりと聞いた。
「ねえ、バミューダトライアングルって知ってる?」
いろんなものが行方不明になる場所。
原因は——
海底の都市が守るために張ったバリア。
それが空まで突き抜けて、
飛行機を墜落させるんだって。
僕は、はっとした。
その“バリア”こそが、
自分の中に張り巡らせた“理想”だったのかもしれない。
ちゃんと笑っててほしい。
ちゃんと楽しそうでいてほしい。
ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと。
でも——
「ありのまま」を、
どこかで受け入れられていなかったのは僕だった。
だから決めた。
彼女のままで、全部受け入れると。
すると、
まぶたを閉じた奥に、
あの笑顔が、ちゃんと戻ってきた。
静かに、でも確かに——
彼女はそこにいた。
そして今も、
そっと目を閉じれば、
その笑顔が、
波のように胸に広がっていく。
