ふたつの仕事を
同時に抱えていたあの頃──
ひとつは、会社員としての顔
もうひとつは、会社を辞めるための秘密のプロジェクト
その日、富士山が見える小さな町へ向かった
顧客のいる物件は、駅から歩いて1時間もかかる場所にあった
仲間たちは迷わずタクシーを選んだ
でも僕は、一人で歩く方を選んだ
「お前ってさ、協調性ないよな」
笑いながら放たれたその言葉を
心のどこかで気にしつつ
今日もまた、僕は一人だった
途中、大きな橋のそばに
狐色の木造の店が現れた
軒先には
おかっぱの、狐の目をした少女が立っていた
奇妙な静けさ
でも僕は足を止めなかった
“面白そうな場所だな”と
心の隅でつぶやきながら
富士山は空の近くにあって
静かで、美しかった
顧客との打ち合わせは、淡々と終わった
その直後──
電話が鳴った
もうひとつの仕事
僕が命をかけて育てていた、唯一の武器だった
独自に作ったコンテンツ
誰にもできないシステム
僕は、それを仲間に共有していた
見返りを信じて
だが
電話の内容は、裏切りだった
僕のノウハウだけが
“都合よく”抜き取られていた
“またやり直せばいい”
そう思い込もうとしても
胸の奥は、ぽっかりと穴があいたままだった
帰り道、再び一人で歩き出す
仲間たちは、タクシーに乗って帰っていった
そのときだった
──ドォン……
地の底から、獣のような咆哮が響いた
振り返ると、空が赤く染まっていた
富士山が、爆発していた
地響きとともに大地が揺れ
建物が崩れ、空が灰に飲まれていく
太陽は見えなくなり
町はパニックに包まれた
溶岩が迫ってくる
人の叫びと、轟音と、炎のにおいが混ざり合う
タクシーの屋根が、赤い津波に呑まれていくのが見えた
僕は無我夢中で走った
あの橋へ──あの道へ
だが、橋はもう崩れていた
戻る場所も、進む場所も、ない
終わった──そう思ったそのとき
目に飛び込んできたのは、あの店だった
そして、店の前に
あの少女が、まだ立っていた
「見えてるんだろ?」
「早く入りな」
声は小さかったのに
なぜか、すべての音をかき消すようだった
僕は扉を開けた
一瞬、視界が真っ暗になり──
次の瞬間、風の音と、草の匂いがした
目の前にあったのは
何事もなかったように、穏やかな風景だった
空は澄み、富士の稜線が静かに浮かんでいた
どこからか、少女の声が聞こえた
「一人で歩いてきたから、見えたのさ」
「唯一無二ってやつだね」
そのとき、金色の尾を翻しながら
一匹の狐が、遠くを駆け抜けていった
僕は気づいた
また創ればいい
また信じればいい
さらけ出して
奪われても
それでも、歩き続ければ
誰もやっていないことを
誰よりも深くやり続ければ
僕にしかなれないものになれる
それが──
唯一無二
そして今も、
僕は歩いている
あの日の続きを
富士の頂の、そのさらに先を目指して
