帰り道に本屋に寄った。とくに目的もなく、新刊のコーナーをぶらぶら眺めていたら、詩集が平積みになっていて、ぱらぱらめくっているうちに一冊買ってしまった。家に帰ってページを開いてみた。読み終わらなくてもいい本を持っているのは、なんだか贅沢だ。
写メ日記
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滝の投稿
詩集
04/26 08:17 更新
小さな習慣の積もり方
04/25 07:54 更新
大きく生活を変えるのは難しい。早起きするとか、運動を始めるとか、食事を見直すとか、どれも三日でだいたい挫折する。僕も何度もやった。
でも、ひとつだけやめてみる、みたいな小さな変化は意外と続く。夜にスマホを見ない、朝にコーヒーを二杯にしない、寝る前に水を一杯飲む。そういう小さなひとつが、気づいたら三週間くらい続いていて、あるとき振り返ったら体調が変わっていた、ということがある。
劇的に変わろうとするより、小さなひとつをずらしてみる。そのほうが、たぶん体にも気持ちにも無理がない。変化は派手じゃないぶん、自分のペースで染み込んでいく 🫧
匂いの記憶
04/24 08:30 更新
匂いって、記憶と結びつきやすい。ある香水をかいだ瞬間に昔の恋人を思い出すとか、誰かの家の独特の匂いが何年経っても鼻の奥に残っているとか。視覚や聴覚の記憶より、匂いの記憶のほうが時間を超えて生々しく残ることが多い気がする。
だから、自分の過ごす場所の匂いを意識することには、けっこう意味があるんじゃないかと思う。朝のコーヒーの香り、部屋に焚いているお香、洗濯したばかりのシーツ。その匂いは、いずれ自分の記憶の中で、この時期の自分を思い出すトリガーになる。
今この季節、僕はひのきの匂いを自分の周りに置いている。何年か経って、ふとどこかでひのきの香りに出会ったとき、この春のことを思い出すんだろうと思う。静かで、だいたい穏やかで、だいたい眠たかったこの日々のことを 🍃
どうでもいい話ができる相手
04/23 08:21 更新
深い話ができる関係も大切だけど、どうでもいい話が自然にできる関係って、それと同じくらい、もしかするとそれ以上に貴重だと思う。今日食べたものの話、天気の話、どこかで見かけた猫の話。オチのない話、結論のない話、誰かに共有しなくても生きていける話。
そういう話を聞いてくれる人がいると、生活の細かい出来事がちゃんと記憶に残る。話す相手がいないと、日々の小さなことはすぐに流れていってしまう。誰かに話すことで、出来事が出来事として自分の中に定着する☁️
泣いたあとの体
04/21 08:17 更新
たくさん泣いた日は、体がやけにだるい。頭も重いし、呼吸も浅い。泣くというのは感情の出来事だと思われがちだけど、実際はかなり体力を使う行為なんだと思う。筋肉が緊張して、呼吸が乱れて、涙と一緒にミネラルも出ていく。
だから泣いたあとは、甘えていいんだと思う。ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、できれば誰かに黙ってそばにいてもらう。理由を説明しなくていい、元気なふりをしなくていい。体が回復するまで、すこしだけゆっくりする。
泣くことを弱さみたいに扱う空気がまだあるけれど、僕はむしろ、ちゃんと泣ける体というのは健康な体だと思っている。ため込みすぎずに流してあげられる、それは立派な機能だ 💧
下手でもいいもの
04/19 08:44 更新
大人になると、下手なままで何かを続けることが難しくなる。仕事では成果を求められるし、効率を気にするし、向いていないことは早めに見切りをつけるのが賢いとされる。だから趣味にも、つい上達とか成果を持ち込みがちになる。
でも本当は、下手なままでも続けられる何かを持っていることって、けっこう贅沢なんじゃないかと思う。うまくならなくていい。人に見せなくていい。ただ自分が触れていると落ち着く、それだけで続ける理由として十分。
効率や生産性から外れた場所に、自分を取り戻せる何かがあるといい。僕にとっては、たぶん植物の水やりがそれにあたる。育てるのはそんなに上手じゃないけど、日々の変化を見てるのが好き 🍃
目を閉じることの重さ
04/18 07:42 更新
目を閉じるというのは、案外勇気のいる行為だ。自分の視界を自分で手放すということだから、安心できない場所ではなかなかできない。電車の中でうっかり寝てしまう人は、その車両にある程度の安心感を持っているのだと思う。
僕の施術室で目を閉じてくれる人を見るたびに、ああ今ここを安全だと感じてくれているんだな、と思う。口で信頼していますと言われるより、ずっと雄弁な仕草だ。
目を閉じられない日があってもいい。開けたまま過ごせる空間だって、それはそれで価値がある。その人の体が、閉じてもいいと判断するまで、こちらは急かさずに待つだけだ 🫧
そら豆
04/16 08:35 更新
休みの日、朝からサウナへ行った。常連のおじさんが水風呂で隣になって、今日は外気浴が最高だぞ、と教えてくれた。言われた通り外に出ると、風がちょうどよくて、空が高くて、目を閉じたら五分で寝落ちしそうになった。帰り道にスーパーでそら豆を見つけて、塩茹でにして夕方のビールのつまみにした。春の味がした。
帰り道の速度
04/15 07:45 更新
生活の速度って、ふだんは意識しない。仕事に向かうとき、用事を済ませるとき、僕たちはだいたい最短距離を最速で移動している。それが悪いわけじゃないけれど、そのスピードが自分の心地いい速度なのかどうかは、たまに立ち止まって考えてみてもいいのかもしれない。
ゆっくり歩くと、見えるものが変わる。路地の花、看板の手書き文字、知らなかった店の明かり。それは新しい景色じゃなくて、ずっとそこにあったのに速く歩きすぎて見えなかったもの。
たまにでいい。帰り道の速度を、すこしだけ落としてみる。それだけで同じ街が違って見える。自分の生活のなかに、知らない余白が見つかるかもしれない 🍃
わからないままでいる勇気
04/12 07:28 更新
自分のことがわからない、と口にするのは勇気がいる。世の中はいつも、自分をわかっている人を正解としているように見えるから。やりたいことが明確な人、軸がぶれない人、自己分析ができている人。そういう人が強いとされる空気がある。
でもほんとうは、自分のことなんてそう簡単にわかるものじゃない。年齢を重ねても、経験を積んでも、ふとした瞬間にわからなくなる。それは成長していないんじゃなくて、変わり続けているからだ。
わからないことを恥じなくていい。わからないまま生活を続けていい。答えが出ない問いを抱えて歩いていける人は、僕はけっこう強いと思っている ☁️



































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































