ホテルから駅まで歩き始めるふたり
気持ちのいい夏の夜風がふたりの熱を冷まそうとするかのように頬を撫でる
けれど、身体に残る貴女の温もりも、重ね合った唇の余韻も、少しも薄れることはない
時々夜風に吹かれて微かに香る貴女の残り香が甘く心地よい
横に並んで歩く貴女は、無理に明るく笑おうとして、上手くできずに視線を落とす
何も言わずに僕はそっと貴女の手を取り、指と指を交差して、ぎゅっと強く握りしめた
駅へと近づくにつれ、言葉少なになっていく貴女
沈黙が、終わりを予告する映画のエンドロールのように無情に流れていく
改札の前で立ち止まった貴女は、潤んだ瞳で僕を見つめている
「帰りたくない…」
振り絞った小さな声は、駅前の喧騒にかき消されていく
何も言わず僕は貴女を抱き寄せ、
唇を重ねた瞬間、別れを拒むように貴女の瞳に涙が滲む
「また、会えるよね?」
その言葉は、僕への問いではなく、貴女自身に問いかけているような気がした
改札を通り過ぎていく貴女の後ろ姿がどんどん遠ざかっていく
振り返るたびに揺れる髪
さっきまでその綺麗な髪を優しく撫でていた事を思い出して切なさが込み上げる
貴女が見えなくなるまで見送って、夜の街にひとり残された僕
貴女の恋人でもなく、愛人でもなく、夫でもない僕が、貴女に再び会える保証は何一つない
でも、約束のない関係のまま過ごす有限の時間だからこそ、貴女の言葉、声、眼差し、香り、温もり、その全てがより心に深く強く刻まれてしまう
そんなとりとめない事を1人考えながら星の見えない東京の夜空を見上げていた🐰🌃
