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写メ日記

全79件中1~10件を表示

志貴の投稿

24階と26階のあいだで。 ――ここではない、どこかへ。

10/21 03:39 更新

村上春樹の短編集『東京奇譚集』に収録されている「どこであれそれが見つかりそうな場所で」を読み終えた。

物語は、ある男性がマンションの階段から突然姿を消してしまうという、不思議な出来事から始まる。

24階には母親が住んでいる。

26階には妻が待っている。

その間の階段で、彼は忽然と姿を消す。

そして20日後、離れた街で発見されるのだけれど、その間の記憶はない。

結局、彼がどこで何をしていたのかは明らかにならない。

でも、僕が気になったのは、失踪の謎そのものではなかった。

なぜ、彼は24階と26階の「あいだ」で消えたのだろう。

24階にいれば、彼は息子である。

26階にいれば、彼は夫である。

仕事に行けば、会社員としての顔がある。

どこにいても、彼には誰かとの関係の中で与えられた役割がある。

では、そのどれでもない彼は、一体どこにいるのだろう。

もしかすると、彼はほんの少しだけ、何者でもない自分に戻りたかったのかもしれない。

誰かの息子でもなく、誰かの夫でもなく。

誰かの期待に応える必要もなく。

ただ、一人の人間として存在する場所。

彼が消えたのは、そんな「ここではないどこか」だったのではないか。

もちろん、これは僕の勝手な解釈だけれど。

 

僕たちは、生きていくうちに、いくつもの名前を与えられる。

妻、母親、娘、恋人。

あるいは、職場での肩書きや、誰かにとっての頼れる存在。

それぞれの役割を大切にしながら、日々を生きている。

そして、きっとその中には幸せもある。

でも、幸せであることと、満たされていることは、必ずしも同じではないと思う。

今の生活に不満があるわけではない。

大切な人を愛していないわけでもない。

それでも時々、ふと考えてしまうことはないだろうか。

「もし、違う人生を選んでいたら」

「誰にも知られていない場所に行けたなら」

「私は、どんな私になっているんだろう」

それは、今の人生を否定することではない。

むしろ、今の人生を大切にしているからこそ、簡単には手放せないものがある。

だから人は時々、ほんの短い時間だけでも、別の世界に身を置きたくなるのかもしれない。

 

この仕事をしていると、そんなことを考える。

女性が男性セラピストに会いに来る理由は、人それぞれだと思う。

癒やされたい人もいれば、刺激を求める人もいる。

寂しい夜を過ごしている人もいれば、日常が十分に充実している人だっているだろう。

だから、誰もが何かから逃げているとは思わない。

ただ、普段とは違う自分になれる時間を求める気持ちは、少し分かる気がする。

いつも誰かを気遣っている人が、気遣われる側になる。

いつも冷静な人が、少しだけわがままになる。

しっかり者の女性が、無防備な表情を見せる。

普段は言えないことを話したり、普段は見せない顔で笑ったり。

それは、普段の自分が偽物だからではない。

人間には、ひとつの人生の中に、いくつもの自分が存在しているからだと思う。

僕は、そのどれか一つだけを「本当のあなた」だと決めつけたくない。

誰かの妻であるあなたも。

誰かの母親であるあなたも。

仕事に向き合うあなたも。

そして、僕の前でだけ見せるあなたも。

どれも同じ、一人の女性なのだと思う。

 

不思議なのは、この小説に登場する失踪した男性だけでなく、彼を探している主人公もまた、何かを探していることだ。

主人公は、自分が何を探しているのか、はっきりとは分かっていない。

それでも、どこかにそれが存在すると信じている。

僕は、この二人は意外と似ているのではないかと思った。

一人は、何かを探していることに気づかないまま姿を消した。

もう一人は、何を探しているのか分からないまま探し続けている。

そして、きっと僕たちも同じなのだろう。

僕自身、今の人生とは違う何かを探しているのかもしれない。

それが何なのか、まだうまく言葉にはできないけれど。

人と出会ったり、本を読んだり、知らない場所へ行ったり。

そうしているうちに、自分でも知らなかった自分に出会うことがある。

もしかすると、人は何かを見つけるためだけではなく、探し続けることそのもののために生きているのかもしれない。

 

僕にとって、女性と過ごす時間も、そんな探索のひとつだと思っている。

もちろん、触れ合うことの心地よさや、身体で感じる幸福も大切にしたい。

でも、それだけではない何かがある。

何気ない会話の中で、その人の意外な価値観を知る。

ふとした表情に、言葉にならない感情を感じる。

互いの知らなかった世界が、少しだけ開かれる。

僕が一方的に何かを与えるというより、二人で過ごす時間の中で、お互いに何かを発見していく。

そんな関係に惹かれる。

僕は、誰かを日常から奪いたいわけではない。

今ある人生を捨ててほしいわけでもない。

ただ、その人生の中に、普段とは違う自分でいられる時間があってもいいと思う。

24階にも26階にも属さない、二人だけの25階のような時間。

そこでは、無理に立派な人間でいる必要もないし、誰かが期待する女性を演じる必要もない。

甘えてもいいし、強がってもいい。

話したければ話せばいいし、言葉のいらない時間を過ごしてもいい。

そして、その時間が終わったら、またそれぞれの日常へ帰っていく。

何も変わっていないようで、ほんの少しだけ、昨日とは違う自分になって。

そんな時間を一緒に過ごせたら素敵だと思う。

 

小説の中で、失踪した男性は結局、元の世界に戻ってくる。

けれど、彼が何を見て、何を感じ、何を見つけたのかは分からない。

もしかすると、何も見つけなかったのかもしれない。

それでも僕は、彼がいた20日間には、何か意味があったのではないかと思いたい。

人生には、説明できない時間があってもいい。

誰にも理解されない感情があってもいい。

すべての経験に、明確な理由や答えを求めなくてもいい。

そして何より、ここではないどこかへ行きたいという気持ちを、必ずしも否定しなくていい。

それは現実からの逃避であると同時に、自分自身を探す旅でもあるのだから。

村上春樹の「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。

タイトルをもう一度眺めていると、不思議と優しい言葉に思えてくる。

探しているものが何なのか、今は分からなくてもいい。

どこにあるのかも、分からなくていい。

ただ、それが見つかりそうな場所へ、時々足を運んでみる。

そんな生き方も悪くない。

もしこの小説を読んだことがあるなら、ぜひあなたの解釈も聞いてみたい。

読んだことがない人にも、いつか手に取ってもらえたら嬉しい。

そして、もし僕たちが出会うことがあったなら。

あなたにとっての「25階」は、どんな場所なのか。

そんな話もしてみたい。

誰かのためのあなたではなく、あなた自身が選んだあなたとして。

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昔と違う色気で、会いたい。

10/17 00:17 更新

こんばんは、志貴です。

亀梨和也さんが、
THE FIRST TAKEで「絆」を歌っているのを観ました。

それを見ていたら、
ふと『ごくせん』を観ていた頃を思い出した。

なんだか、
つい最近のことのような気がするんですよね。

でも、
そこから随分と時間が経っている。

こういうときに、
時間の流れを実感します。

自分の毎日を振り返っても、
そんなに変わっていない気がするのに。

昔から知っている人の、
今の姿を見ると、

「ああ、僕もそれだけ歳を重ねたんだな」

と思う。

実は僕、
20歳くらいの頃から、

「亀梨くんに似てるね」

と言ってもらうことが多々ありました。

顔そのものというより、
雰囲気とか、色気とかだと思います。

もちろん、
自分で言っているわけではありません。笑

でも、
それはやっぱり嬉しかった。

そう言われると、
自然と意識するようになるんですよね。

テレビに出ていたら目がいくし、
髪型や服装も気になる。

見ているうちに、
その人自身のことも好きになっていく。

僕にとって亀梨さんは、
そういうきっかけで、
ずっと気になっている人です。

最近は、
亀梨さんに似ていると言われる機会は減って、

田中樹さんとか、
高橋恭平さんっぽい。

と言ってもらうこともあります。

この名前を並べたら、
僕の雰囲気、
少しは伝わるでしょうか。

自分で書いていて、
ちょっとハードルを上げた気もしています。笑

ただ、
昔と今で似ていると言われる人が変わるのも、
面白いなと思うんです。

顔だけではなく、
髪型や服装。

表情や、
そのときの自分の考え方。

そういうものも、
人から見た印象に出るのかもしれない。

服はシンプルになりつつありますが、

ファッションは今も好きだし、
個性的な服を着たい日もあります。

でも、
何かを足して格好よく見せることに、
前ほど力を入れなくてもいいかなと思っている。

今は、
そういう雰囲気に惹かれます。

若い頃と同じ格好よさを、
そのまま維持する必要はないかなとも思うんです。

経験して、
考え方が変わって。

その変化も含めて、
今の僕をいいなと思ってもらえたら嬉しい。

昔の自分にはなかった魅力を、
これからも増やしていきたいです。

亀梨さんを見て、
懐かしいなと思ったあとに、
そんなことを考えました。

さて。

僕が誰に似ているかは、
会ったときに教えてください。

でも、
帰る頃には、

「誰かに似ている」より、
「志貴って、こういう人なんだ」

と、
僕自身のことを少し好きになってもらえたら。

それが、
いちばん嬉しいです。

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新しいものと、いつものもの。

10/15 13:38 更新

こんにちは、志貴です。

季節限定という言葉を見ると、
少し気になります。

秋限定の飲み物。

期間限定のスイーツ。

今だけのメニュー。

普段なら選ばないものでも、

せっかくだから、
試してみようかな。

と思う。

でも、
注文する直前になると、
いつもの好きなものにも目がいくんですよね。

新しいものを選んでみたい。

でも、
確実に好きだとわかっているものも捨てがたい。

結局いつものものを頼んで、

「やっぱり、これだな」

と思う日もあります。

僕は、
新しいことを経験するのが好きです。

行ったことのない場所へ行く。

知らないものを食べてみる。

自分では選ばない映画を観る。

そうすると、
今まで知らなかった自分に
出会えることがあるから。

でも最近、

いつものものへ戻ることにも、
ちゃんと意味があると思うようになりました。

新しいものを知ったからこそ、

自分は、
やっぱりこれが好きなんだ。

と気づくこともある。

変わることだけが、
前へ進むことではないと思うんです。

人との関係も、
少し似ています。

初めて会う日は、
何もかもが新しい。

声も。

話す速さも。

隣を歩く距離も。

どんなことで笑うのかも、
まだわからない。

そのわからなさには、
初めてにしかない緊張と、
ときめきがあります。

でも、
二度目からは少し違う。

前に好きだと言っていたものを覚えている。

苦手なことを、
もう一度説明しなくてもいい。

最初より少し自然に、
名前を呼べる。

新しい刺激とは違うけれど、

「この人なら大丈夫かもしれない」

という安心が、
少しずつ増えていく。

僕は、
どちらも大切にしたいです。

毎回同じことをして、
慣れだけで時間を過ごしたくはない。

でも、
会うたびに何か特別なことをしなければ、
楽しんでもらえないとも思っていません。

前とは違う道を歩いてみる。

行ったことのないお店へ入る。

いつもとは少し違う話をする。

その一方で、

貴女が好きな飲み物を選んだり。

落ち着く距離で隣にいたり。

前と同じことで、
また一緒に笑ったりする。

新しさと、
慣れ親しんだ心地よさ。

その両方がある時間を、
一緒に作れたらいいと思います。

たとえば、
季節限定のスイーツを一つ。

いつもの好きなものを一つ。

二人で別々に頼んで、
半分ずつ食べる。

それなら、
挑戦もできるし、
外したときの逃げ道もあります。笑

関係も、
そのくらいがちょうどいいのかもしれません。

少し新しい貴女を知って。

変わらず好きな貴女にも、
また会える。

僕も、
会うたびに少し変わっていくと思います。

でも、
相手を知りたいという気持ちは、
変えずに持っていたい。

さて。

貴女は、
季節限定を選ぶほうですか?

それとも、
結局いつものほう?

今度会ったら、
二人で一つずつ選びましょう。

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その話、まだ覚えています。

10/13 14:39 更新

こんにちは、志貴です。

 

読みかけの本に、

しおりを挟む。

 

続きが気になるドラマを、

今日は一話だけにしておく。

 

秋に家で過ごす時間を考えると、

そんな楽しみ方もいいなと思います。

 

全部を一度に終わらせず、

続きがあるまま、

いったん閉じる。

 

人との会話にも、

少し似たところがある気がします。

 

たとえば、

 

気になっている映画の話。

 

買おうか迷っている服の話。

 

今度、

少し勇気を出してやってみたいこと。

 

話したその日には、

まだ結末がない。

 

でも、

次に会ったときには、

何かが変わっているかもしれない。

 

「あの映画、観た?」

 

「迷っていた服、どうした?」

 

そんなふうに、

前の話の続きを聞ける関係が、

僕は好きです。

 

何を話したかを覚えている。

 

それは、

小さなことかもしれません。

 

でも自分が何気なく話したことを、

相手が覚えていてくれたら。

 

ちゃんと聞いてくれていたんだな。

 

と、

嬉しくなると思うんです。

 

もちろん、

僕は一度聞いたことを

何でも覚えていられるわけではありません。

 

忘れてしまうこともあるし、

もう一度聞くこともあると思います。

 

それでも、

その場だけの相槌で終わらせず、

貴女の話に興味を持っていたい。

 

ただ、

続きを聞くときに、

気をつけたいこともあります。

 

「やるって言っていたよね」

 

と、

結果を確認するような聞き方にはしたくない。

 

結局、

映画は観なかった。

 

服は買わずに、

別のものが欲しくなった。

 

挑戦しようと思っていたけれど、

今は休むことにした。

 

そんな続きでもいい。

 

僕が知りたいのは、

前に話したことを実行できたかより、

そのあと貴女がどう過ごしたかだから。

 

あのときとは、

気持ちが変わったんだね。

 

今は、

そっちが気になっているんだね。

 

そうやって聞いていれば、

一度知ったつもりの相手にも、

また新しい発見があると思います。

 

僕の話も、

そんなふうに続いていったら嬉しいです。

 

この前気になっていたものを、

試してみたこと。

 

考えていたことが、

少し変わったこと。

 

日記に書いたことの、

その後の話。

 

次に会うとき、

何を話そうと一から考えなくても、

二人の間に続きを話せることがある。

 

その親しさを、

少しずつ増やしていきたいな。

 

もし貴女が、

 

「そんなことまで覚えていたの?」

 

と、

ちょっと驚いて笑ってくれたら。

 

僕はきっと、

少し得意そうな顔をすると思います。笑

 

一度の時間を楽しむことも、

その先でまた話せることも、

どちらも大切にしたいです。

 

読みかけの本を開くように、

 

「そうそう、あの話なんだけど」

 

と始められる。

 

次に会ったら、

そんな続きを聞かせてください。

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飾るものが減った、その先に。

10/12 15:04 更新

こんにちは、志貴です。

最近、
身につけるアクセサリーが減りました。

今日は、
ネックレスを一つだけ。

ブレスレットもつけていません。

指輪を合わせる日でも、
全部で二つか三つくらい。

昔は、
もっといろいろつけていたんです。

服を選んで、
それに合うアクセサリーを足して。

鏡を見ながら、
もう一つつけようかなと考える。

そういう時間も好きでした。

でも、
ここ一か月くらいは、
ピアスも外しています。

何か大きなきっかけがあったわけではありません。

ただ、

今の僕には、
なくてもいいかな。

と思うようになりました。

ファッションが好きなのは、
今も変わりません。

個性的な服も好きだし、
気分によっては、
またいろいろつける日もあると思います。

でも最近は、
毎回しっかり決めなくてもいい気がする。

少し前までは、

「危険な香りがする」

「危ない色気がある」

とよく言われてました。

そう見える自分も、
嫌いではありませんでした。

でも今は、
少し違う色気を持った男になりたい。

たとえば、
シンプルな服でも、
一緒に過ごすうちに感じてもらえる
大人の色気が出せたらいいなと思っています。

服やアクセサリーを減らすと、
そのぶん、
自分自身が見える気がするんです。

姿勢。

身体の線。

髪の整え方。

話す声や、
相手を見る目。

何を着ているかに加えて、
どうそこにいるか。

そういうところにも、
年齢の重ね方は出るのかもしれません。

もちろん、
シンプルにしたら大人になれる、
という話でもない。

何も考えずに着ることと、
今の自分に合うものを選ぶことは、
少し違うと思うから。

好きな服を着る。

身体も整える。

でも、
鏡の前で作った自分を、

守ろうとはもうしたくないのかもしれません。

貴女と話しているときは、
ちゃんと話に夢中になりたいし。

面白ければ、
格好をつけずに笑いたい。

そんなふうに過ごしていても、

なんか、この人いいな。

と思ってもらえる男でいたいです。

昔の自分も、
そのときはそれが好きだった。

だから、
否定するつもりはありません。

今は少し、
自分を見せたい形が変わってきた。

たぶん、
それだけなんだと思います。

次に貴女に会うときは、
以前より少し、
飾りが減っているかもしれません。

そのぶん、
僕を近くで見てほしいです。

アクセサリーを外したあとに、
何が残るのか。

そこはこれからも、
ちゃんと男として、自分を磨いていきたいと思っています。

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名前のつかない関係。

10/10 20:50 更新

人と人との関係には、
いろいろな名前があります。

友達。

恋人。

夫婦。

家族。

同僚。

名前があると、
その人との距離が
わかりやすくなる。

何を話していいのか。

どこまで頼っていいのか。

どんなふうに接するのか。

でも、
すべての関係が、
一つの言葉へ収まるとは限りません。

セラピストと貴女の関係も、
そんな関係だと思います。

恋人ではない。

友達とも少し違う。

でも、
一緒に歩いた景色や、
二人だけで話したことは、

確かにそこにある二人だけの時間。

 

僕は、
名前がつかないことを、
悪いとは思っていません。

むしろ、
決められた形がないからこそ、

僕たちは、
どんな時間を大切にしたいのか。

どこまで近づきたいのか。

どんな距離なら心地よいのか。

その都度、
二人で考える必要があると思っています。

 

名前のある関係には、
期待が生まれます。

恋人なら、
こうしてくれるはず。

友達なら、
ここまでは許されるはず。

でも「普通はこう」という言葉が、
目の前の相手を見えなくすることもある。

 

関係の名前だけで判断せず、

今の貴女は、
どう感じているのか。

僕は、
どう向き合いたいのか。

そこを話せる方が、
僕には誠実に思えます。

 

もちろん、
名前がつかないからといって、
何でも曖昧にしていいわけではありません。

 

形が決まっていない関係ほど、
言葉と行動で確認することが必要だと思います。

僕にできること。

できないこと。

大切にしたい時間。

貴女が望んでいる距離。

 

そこを曖昧にせず、
でも決めつけすぎずに、
関係を作っていきたい。

 

僕は、
誰に対しても同じ役を演じたいわけではありません。

よく話す二人もいる。

静かに過ごす二人もいる。

 

外へ出かけることを楽しむ関係もあれば、
落ち着いた場所で、
深い話をする関係もある。

 

どれが正解ではなく、
その二人だから生まれる時間がある。

 

もし貴女と出会えたら、
最初から関係に名前をつけなくてもいい。

まずは会って、
話して、
一緒に過ごしてみる。

 

その中で、

この人とは、
こんな時間を作っていきたい。

と思えるものを探したいです。

 

説明しにくいけれど、
自分にとっては大切。

 

そんな関係があってもいいと思うから。

 

ただ、
名前がないまま僕を呼ぶのは困るので、

そこは普通に「志貴」でお願いします。笑

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人生のループから抜けるということ

10/08 01:22 更新

※物語の内容に少し触れています。

本日は、映画『8番出口』を観た。

 

もともとゲームはやったことあったけど、映画として観てみると、僕の中に残ったのは「怖かった」という感覚より、人生って、同じところをぐるぐる回っているのかもしれない。ということだった。 

 

『8番出口』のルールはシンプルだ。

異変がなければ進む。

異変があれば引き返す。

それを繰り返して、8番出口を目指す。

 

でも映画を観ながら、これは地下通路の話だけではないなと思った。

 

人間も、よく同じことを繰り返す。

似たような人を好きになって、

似たようなところで傷ついて、

似たようなタイミングで不安になって、

そして似たような選択をする。

 

「次は違う恋愛をしよう」

と思っていたはずなのに、

気がつくと、また同じことで悩んでいたりする。

 

仕事でもそうかもしれない。

嫌だと思いながら辞められない。

環境を変えたいと思いながら、

「でも今より悪くなったらどうしよう」

と考えて、結局同じ場所に戻る。

 

たぶん人生って、

何もしなければループする。

なぜなら、

同じ人間が、

同じ価値観で、

同じ場面に立ったら、

だいたい同じ選択をするからだ。

 

だから人生を変えるというのは、

大きな決断をすることよりも、

いつもと違う選択をすることなのかもしれない。

この映画を観ながら、僕はそんなことを考えていた。

 

主人公も最初は、

困っている人を見ても動かない。

見ているけれど、見ないことにする。

自分には関係ないこととして処理する。

 

でも最後には、

同じような場面で違う行動を取ろうとする。

世界そのものが変わったわけではない。

同じ電車が走っていて、

同じように人がいて、

同じように誰かが困っている。

 

変わったのは、

主人公の選択だけだ。

僕は、ここがこの映画でいちばん好きだった。

 

人生って、案外こういうものなんじゃないかと思う。

 

景色が変わる前に、

先に選択が変わる。

 

そして、

その小さな違いの積み重ねで、

気づいたら前とは違う人生になっている。

 

僕自身も、振り返ってみると、

「普通はこっちを選ぶよね」

と言われる方向とは違う方へ行くことが何度かあった。

 

大学受験のときも、

合格した学校の中で、

単純に偏差値が高いところを選ばなかった。

 

なんとなく、

「自分はこっちだ」

と思った方を選んだ。

就職するときもそうだった。

 

初任給が27万円の会社と、

19万円の会社に受かった。

 

普通に条件だけを見れば、

27万円を選ぶ人の方が多いと思う。

 

でも僕は19万円の方へ行った。

 

その仕事の方が、

自分ができることや、

やりがいや、

その先の可能性を感じたからだ。

 

正社員として働いていた頃も、

ありがたいことに、

わりと順調な道には乗っていたと思う。 

 

そのまま進めば、

もう少し安定して、

それなりの立場にもなっていたのかもしれない。

 

でも僕は、

そこから降りた。

 

今考えると、

僕は人生のところどころで、

自分のループをわざと壊してきたんだと思う。

 

正解かどうかはわからない。

 

でも、そのたびに少しずつ、

自分の人生が自分のものになっていった感覚がある。

 

僕は昔より今の方が、

生きるのが楽だ。 

 

人生が簡単になったわけではない。 

 

たぶん逆で、

自分で決めることが増えた分だけ、

責任も増えている。

 

それでも、

「普通はこうだから」

という理由だけで生きていた頃より、

生きやすい。

 

だから僕は、

直感とか信念というものを、

けっこう大切にしている。

 

とはいえ、

全員に立派な信念が必要だとも思わない。

そんな大げさなものがなくてもいい。

 

「なんとなく好き」

「これは嫌だ」

「こっちに行ってみたい」

そのくらいでいいと思う。

 

むしろ人生に迷ったら、

いつもの自分だったら選ばない方を、

一度選んでみてもいいのかもしれない。

 

いつも我慢する人なら、

一度だけ断ってみる。

 

いつも相手から連絡を待つ人なら、

自分から連絡してみる。

 

いつも安定を選ぶ人なら、

少しだけ冒険してみる。

 

逆に、

いつも無理をして頑張る人なら、

一度休んでみる。

 

重要なのは、

何が正解かということより、

自分が無意識に繰り返している選択に気づくことなんだと思う。

 

『8番出口』に出てくる「異変」は、

地下通路の中ではわかりやすい。

 

壁がおかしい。

人がおかしい。

水が流れてくる。

 

でも現実の異変は、

そんなにわかりやすくない。

 

「最近、この人といると少し苦しいな」

とか、

「本当はこの仕事をもう続けたくないな」

とか、

「昔は好きだったのに、今は違う気がするな」

とか。

 

そのくらい小さな違和感として現れる。

 

でも僕たちは、

意外とそれを見なかったことにする。

 

まだ大丈夫。

みんなこんなもの。

私が我慢すればいい。

そうやって進んで、

気がつくとまた同じ場所に戻っている。 

 

だから映画の中の

「異変を見逃さないでください」

という言葉は、

人生にもそのまま使える気がする。

 

自分の中に起きている異変を、

見逃さないこと。

 

そして、

気づいたなら、

いつもと同じ方向へ進まないこと。

 

映画には少年が出てくる。

主人公の未来の子どもではないか、

という解釈もあるらしい。 

 

僕自身は、

そこまで直接的な存在ではないように感じた。

 

僕にはむしろ、

主人公が今まで見ないようにしていた「他人」の象徴のように見えた。

 

最初の主人公は、

自分に関係のない人のことなら、

見ないふりができる。 

 

でも少年と一緒に行動するうちに、

その誰かを守ろうとする。

 

自分だけ出口に行くのではなく、

他人と一緒に出口を探す。

そこに彼の変化があるように感じた。

 

セラピストという仕事をしていると、

人の「繰り返し」に触れることがある。

 

同じような恋愛で傷つく人。

いつも相手を優先しすぎる人。

本当は嫌なのに笑ってしまう人。 

 

「私はいつもこうなんです」

という言葉を聞くこともある。

 

でも僕は、

その「いつも」は、

その人そのものではないと思っている。

 

ただ、

何度も同じ選択をしてきただけなのかもしれない。

 

だったら、

次の一回だけ違う選択をすればいい。

 

人生そのものを変えようとすると、

途方もなく大きく感じる。

 

でも、

次に同じ場面が来たとき、

一回だけ違うことをしてみる。 

 

それならできるかもしれない。

 

そしてその一回が、

意外と人生の出口になるのではないか。

 

人間は、

同じ場所を何度も通る。 

 

恋愛でも、

仕事でも、

家族でも、

自分自身との付き合い方でも。

 

でも、

同じ場所を通ったからといって、

同じ人生になるとは限らない。

 

選ぶものが違えば、

その先は変わる。

 

だから僕は、

人生に迷ったとき、

「正しい方はどっちだろう」

と考えすぎなくてもいいと思っている。 

 

それより、

「自分は本当はどっちへ行きたいんだろう」

と考えたい。

 

みんなが右へ行くなら、

左へ行ってみてもいい。

 

失敗してもいい。

遠回りしてもいい。

 

たぶん大抵のことは、

なんとかなる。 

 

そして失敗だった出来事も、

その先でどう捉えるかよって、

失敗ではなくなることがある。

 

人生には、

地下通路みたいに、

「こちらが正解です」

と書かれた出口はない。

 

それでも、

自分の中の小さな違和感に気づいて、

いつもの自分とは少し違う一歩を選ぶことはできる。

 

もしかすると、

人生のループから抜けるというのは、

どこか特別な場所へ行くことではないのかもしれない。

(僕と出会うことかもしれない…笑)

 

同じ場所で、

違う自分を選ぶこと。

 

その瞬間から、

出口は始まっているのだと思う。

♥ いいね♡  

大切な人を、ちゃんと見ていきたい

10/07 00:11 更新

※物語の内容に少し触れています。

 

村上春樹の『ハナレイ・ベイ』を読んだ。

 

そのあと、映画も観た。

 

小説を読み終わったとき、僕の中にいちばん残ったのは「悲しい」という感情より、時間についてだった。

 

息子は19歳で死ぬ。

 

彼の時間は、そこで止まる。

 

でも母親であるサチの時間は止まらない。

 

翌朝もやってくるし、ご飯も食べなければならない。仕事もある。歳も取る。

 

19歳だった息子は永遠に19歳なのに、母親だけが20年、30年と、その先へ行ってしまう。

 

人が死ぬということは、その人がいなくなるだけではないのだと思った。

 

残された人は、その人のいない時間を生き続けなくてはならない。

 

それが、この物語を読んで感じたことだった。

 

そして、もうひとつ気になったのが「片脚のサーファー」だ。

 

息子はサメに襲われ、片脚を失って亡くなる。

 

その後、ハナレイ湾では片脚の日本人サーファーを見たという若者が現れる。

 

けれどサチ自身は、その姿を見ることができない。

 

僕は、この片脚のサーファーを「欠落」や「インバランス」の象徴なのではないかと思った。

 

息子は身体の一部を失った。

 

そしてサチもまた、息子を失ったことで、自分の一部を失ってしまったのではないか。

 

もちろん、人間は誰かを失ったからといって文字通り身体が欠けるわけではない。

 

ちゃんと歩けるし、仕事もできる。

 

笑うことだってできる。

 

けれど以前と同じ人間かと言われると、きっと違う。

 

どこかがひとつ欠けたまま、生きている。

 

考えてみれば、人間はずっと「完全な自分」のまま生きているわけではない。

 

恋人と別れたり。

 

大切な人と疎遠になったり。

 

家族を亡くしたり。

 

夢を諦めたり。

 

あるいは、昔の自分にはもう戻れないと気づいたり。

 

そのたびに何かを失う。

 

それでも、人生は続く。

 

欠けたところは完全に元通りにはならず、欠けたまま新しいバランスの取り方を覚えていく。

 

「立ち直る」という言葉は乱暴だと思った。

 

本当に大きなものを失った人は、元の場所には立ち戻れない。

 

だとすれば必要なのは、元に戻ることではなく、欠けたままでも立てる、新しい姿勢を覚えることなのかもしれない。

 

そして僕たちは、大切なものを失ったときに、その対象だけを失っているわけではない。

 

その人と行くはずだった場所。

 

話すはずだった会話。

 

一緒に歳を取った未来。

 

まだ起こっていなかった時間まで失っている。

 

サチが失ったのも、19歳の息子だけではない。

 

20歳になった息子も、

 

30歳になった息子も、

 

いつか少し大人になって、母親と普通に話せるようになったかもしれない未来も、

 

その全部を失っている。

 

だから、過去のある一点で起こったことが、未来まで奪ってしまう。

 

これが「取り返しがつかない」ということなのだろう。

 

そして、ここでもう一つ考えてしまう。

 

僕たちは、本当に身近な人のことを見ているのだろうか。

 

サチは息子を愛していた。

 

でも、息子という人間を好きだったかと問われると、簡単にはそう言えない。

 

母親だから息子のすべてを知っているわけではない。

 

恋人だから相手を全部理解しているわけでもない。

 

夫婦だからわかり合えているとも限らない。

 

相手に対して、

 

「この人はこういう人」

 

と決めてしまって、見えなくなる部分がある。

 

片脚のサーファーを見たのが母親ではなく、何も知らない若者たちだったという設定が、僕には少し象徴的に思えた。

 

もしかするとサチは、生きているときから「自分の息子」という枠を通して彼を見ていたのかもしれない。

 

そして彼が死んだあと、

 

自分の知らなかった息子が存在していたことに気づく。

 

でも、もう本人には聞けない。

 

「あのとき何を考えていたの?」

 

「本当は何が好きだった?」

 

人間関係でいちばん怖いのは、喧嘩することではなく、聞ける時間が永遠に終わってしまうことなのかもしれない。

 

セラピストという仕事をしていると、人と人の距離について考えることがある。

 

誰かの身体に触れることと、その人を理解することは、同じではない。

 

近くにいるからわかるわけでもない。

 

長く一緒にいるからわかるわけでもない。

 

この出会いだからこと築いていける関係もある。

 

大切なのは、

 

「目の前の相手と全力で向き合い続けること」

 

なのかもしれない。

 

恋人でも、夫婦でも、家族でも。

 

人は少しずつ変わる。

 

昨日知っていた人が、今日もまったく同じ人とは限らない。

 

だから僕は、この作品を死についての話であると同時に、

 

生きている人と、ちゃんと向き合えているか

 

という話にも感じた。

 

そして映画版でとても良かったのが、ハワイの風景だった。

 

これは文章では感じられなかったものだった。

 

海が、とにかく美しい。

 

陽射しも、空も、波も美しい。

 

なのに、そこで人が死んでいる。

 

この組み合わせが少し怖い。

 

人間にとって人生を二つに割るほど大きな事件が起こっても、海は翌日も波を作る。

 

十年経っても変わらず、サーファーはやってくる。

 

世界は、こちらの悲しみに付き合ってくれないのかもしれない。

 

でも逆に言えば、

 

こちらが立ち止まっていても、世界はずっと動いていてくれる。

 

映画でハワイの風景を眺めながら、そんなことを考えた。

 

風景そのものが、もうひとつの時計みたいだった。

 

人は何かを失う。

 

そして失ったものは、完全には戻らない。

 

でも、欠けたから人生が終わるわけでもない。

 

欠けた身体で、

 

欠けた心で、

 

僕たちは新しいバランスを覚えていく。

 

海は今日も波を作っている。

 

亡くなった人の時間は止まっても、

 

残された人の時間は続いていく。

 

それは少し残酷で、

 

でも同時に、

 

生きるということそのものなのかもしれない。

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今がいちばん、大切にしたい。

10/04 11:47 更新

こんにちは、志貴です。

鹿児島萬天堂でセラピストを始めて、
もう少しで一年になります。

セラピストとしては、
そろそろ10年目に入る頃でしょうか。

長く続けていると、
この仕事に対する気持ちも変わります。

始めた頃に嬉しかったこと。

自信を持てるようになったこと。

逆に、
経験を重ねたからこそ難しいと感じること。

いろいろあります。

でも、
今ははっきり言えることがあります。

出会ってくれた人を大切にしたい。

その気持ちは、
今がいちばん強いです。

今日は少し、
正直な話をしようと思います。

日記を読んでいると、

「毎日、いろんな人と会っているんでしょ?」

と思われるかもしれません。

でも今、
鹿児島で新しい方に出会えるのは、
二か月に一人くらいのペースです。

決して、
たくさんの出会いがある状況ではありません。

活動を続けるための費用もあるので、
このまま続けていけるのか。

正直、
迷うこともあります。

それでも続けたいと思うのは、
また会いに来てくれる人がいるからです。

出張や観光で来られた方を除けば、
僕の把握している範囲では、
八割以上の方がまた会ってくれています。


そのことは、
僕の大きな支えになっています。

もう一度、
僕との時間を選んでもらえる。

それは何年続けても、
当たり前にはならないです。

一方で、
会う前に僕を知ってもらうことは、
まだまだ課題だと思っています。

日記は書くけれど、
今の時代に合った発信ができているかというと、
追いつけていない部分もある。

会えば分かってもらえる。

そう思っているだけでは、
会うきっかけは生まれないんですよね。

だから今日は、
少し自分の話をさせてください。

僕はたぶん、
何か一つが飛び抜けたセラピストではありません。

見た目も。
優しさも。
技術も。

自分が一番だとは、
言えません。

ただ、
エロさには、
かなり自信があります。笑

そこは少し、
格好をつけずに言っておきます。

そして、
その土台の上に積み重ねてきた経験にも、
僕なりの自信があります。

どうしたら、
もっと喜んでもらえるだろう。

この人は、
どんな時間を過ごしたいんだろう。

自分ではよかったと思っても、
もっとできたことはなかっただろうか。

会うたびに考えて、
試行錯誤してきました。

長く続けたという年数だけで、
満足したくはありません。

今もジムに通うし、
セラピストとして勉強も続けています。

服も好きだし、

毎回カッコいいと思ってもらいたいと思ってます。

会うたびに、刺激や新鮮さがあれば嬉しいな、
という気持ちもあります。

もちろん、
一緒に楽しみたいのは、
ホテルで過ごす時間だけではありません。

甘いものを食べに行く。

カフェでゆっくり話す。

美術館で、
同じ作品を見ながら違う感想を言う。

ジャズを聴きに行く。

海へ出かけたり、
一緒に体を動かしたりする。

静かに過ごすことも、
アクティブに遊ぶことも、
僕はどちらも好きです。

たとえば美術館なら、
貴女がどの作品の前で足を止めるのか、
気になると思います。

カフェなら、
一緒に甘いものを食べる時間も楽しい。

初めてのことなら、
二人で少し戸惑うところから楽しみたい。

僕は、
一緒に何かをすることが好きなんです。

同じことをしていても、
感じ方は違う。

その違いを聞くと、
また少し相手を知ることができる。

そういう時間を、
貴女と重ねていきたいです。

何か一つの一番には、
なれないかもしれません。

でも、
話しても面白い。

一緒に出かけても楽しい。

安心できるし、
ちゃんとドキドキもする。

いろいろ合わせたときに、

「志貴って、結構いいな」

と思ってもらえる男でいたい。

そこは、
これからも磨いていきます。

続けるか迷う気持ちはあります。

でも、
会ってくれた人を大切にしたい気持ちは、
迷っていません。

貴女が時間を作って、
僕を選んでくれたこと。

それをちゃんと受け取って、
僕にできることで応えたい。

今の僕が、
いちばん伝えたいのは、
そのことです。

もし、
日記を読みながら、
少し気になってくれているなら。

一度、
志貴に会ってみてください。

文章だけでは伝えきれない僕を、
貴女の目で知ってもらえたら嬉しいです。

最初は、
甘いものを食べながらでも。

真面目な話をしたあとですが、
ケーキの前では、
僕のほうが先に顔が緩むかもしれません。笑

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「違う」も、教えて

10/02 10:24 更新


食事の場所を選ぶ時、

「何でもいいよ」

と言うことがありますよね。

 

本当に何でもいい日もある。

相手に選んでもらいたい日もある。

 

でも実は、

辛すぎるものは苦手。

今日は重たいものじゃないほうがいい。

昨日も麺だったから、
できれば違うものがいい。

そんな小さな思いが、
隠れていることもあります。

 

僕は、

好きなものを教えてもらうのと同じくらい、

「これは少し違う」

も教えてもらいたいです。

 

たとえば、

静かなお店が好き。

向かい合うより、
隣に座るほうが落ち着く。

急に距離を近づけられるより、
ゆっくり慣れたい。

逆に、
遠慮されすぎると寂しい。

人の好みは、

優しい、激しい。

話す、話さない。

近い、遠い。

そんな二択だけでは決められません。

その日の気分によっても変わるし、

同じことでも、
相手やタイミングで受け取り方は変わります。

 

だから僕は、

一度聞いた答えだけで、
貴女のことを決めつけたくない。

前は好きだったけど、
今日は違う。

最初は緊張していたけど、
今はもう少し近くてもいい。

そういう変化も、
そのまま教えてほしいです。

僕も人間なので、

察してあげられないことはあると思うけど、

ちゃんと貴方を理解したいという気持ちはあります。

 

そして、

「嫌」は、
僕の中では迷わず止まる言葉です。

分からないときは、
ちゃんと聞きます。

違うと言われたら、
別の方法を一緒に探したい。

僕が大切にしたいのは、

僕の考える正解に貴女を合わせることではなく、

貴女と僕の間にある、
ちょうどいい正解を見つけることです。

もちろん、
最初から全部説明しなくても大丈夫。

会ってみないと分からないこともあるから。

 

僕も、

貴女を少しずつ知っていきたい。

 

ということで。

貴女は、
好きなものから話したいですか?

それとも、

苦手なものを先に伝えておきたいですか?

どちらからでも、
志貴はちゃんと聞きます。

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