SNSを眺めていると、誹謗中傷や嘲笑、誰かの失敗を嬉々として消費する言葉があふれています。
きっとその瞬間、本人は満たされているのだと思います。
自分より下を見つけた安心感なのか、誰かを裁いているという万能感なのか。脳は確かに快感を覚えるのでしょう。
けれど、それは幸福なのでしょうか。
私は違うように思います。
それは幸福ではなく、刺激です。
しかも非常に短命な。
ドーパミンは強烈ですが、持続しません。
一瞬だけ空腹を忘れさせてくれるだけで、根本的に心が満たされるわけではない。だからまた次の刺激を求める。
もっと強い言葉、もっと過激な対象、もっと燃えやすい話題へと向かっていく。
けれど、その先にあるものは何でしょう。
静かな充足でしょうか。
穏やかな自己肯定でしょうか。
おそらく違います。
残るのは、虚無だと思います。
誰かを傷つけることでしか自分の輪郭を確かめられない人生。誰かの不幸を覗き込むことでしか快感を得られない日常。それはあまりにも、勿体ない人生だと思うのです。
人の人生は、本来もっと豊かなもののはずです。
美味しいものを食べて心がほどける時間。
誰かと笑い合って安心する時間。
夢中になれることに没頭する時間。
誰かに優しくされて、自分も優しくなれる瞬間。
そういった静かで持続する幸福が、この世界には確かにあるのに、
一瞬で消える刺激のために心をすり減らしていくのは、あまりに惜しい。
先日お会いした方が、
「ずっと何かで満たそうとしていたけれど、結局欲しかったのは安心でした」
と話してくださいました。
とても印象に残っています。
人は刺激を求めているようでいて、本当に欲しいのは安心や承認、温もりなのかもしれません。
だからこそ思います。
誰かを叩くことで得る快感に人生を使うのは、勿体ない。
せっかくの人生なのですから、
もっと自分自身が本当に満たされるものに時間を使いたいものですね。

























































































































































































































