彼女の瞳の奥に、
ふと、影のような揺らぎが見えた。
恥ずかしがり屋で、明るく振る舞う人。
でもその笑顔は、どこか守りのようでもあった。
触れられたくて、触れてほしくなくて。
求めていて、でも信じきれなくて。
そんなジレンマの中で、
彼女はそっと、僕の腕の中に身をあずけた。
——本物の愛がほしい。
でも、本当の愛はここにはないことも、
きっと、彼女自身が一番わかっている。
それでも、
肌を重ねるという一時の“ふり”の中に、
ほんのわずかな本音を、混ぜに来たのだと思う。
歌声を連れて、いくつもの街を渡る人。
強く、美しく、自立しているように見えて、
ただ一瞬、誰かの腕の中で、ほどけたかった人。
最後のキスは、照れながらも
「いってきます」のようで、「またね」のようで——
ほんの少し、別れを惜しむ温度があった。
愛を欲しがることと、
愛を信じられないこと。
その狭間で揺れるジレンマを、
僕は、責める気にはなれなかった。
だって、僕自身もまた、
愛に似たものを、手渡していたのだから。
