自分がどうやって道を覚えているかを、あまり考えたことがなかった。僕はたぶん目印派だ。地図の形として覚えてはいない。
そして目印は、けっこう頻繁になくなる。店が閉まったり、工事で囲われたり、看板が変わったり。そのたびに、自分の頼りにしていたものが仮のものだったと気づく。
生活の中の目印も、似たようなものだと思う。この人がいるからここに通っている、この習慣があるから一週間の形が保てている。そういうものが、ある日なくなることがある。
なくなってから初めて、それがどれだけ支えになっていたかがわかる。事前には数えられない。
とはいえ、じゃあ目印に頼るのをやめようという話でもない。頼るから道が歩けるのであって、なくなったらまた別のものを覚え直すしかない。それを何度かやりながら、みんな暮らしている。



















































































