こんにちは!🌪️風羽🪶です
『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』を観ました🐈
めっちゃよかった…!
茶トラのボブがかわいいのはもちろん。
でも、この作品で考えたくなったのは、ボブと出会う「前」のジェームズのことでした。

自分の暮らしにも余裕がないのに、けがをしたボブを助ける。
ジェームズの優しさって、人生がうまくいき始めてから生まれたものじゃないんですよね。
うまくいかない毎日の中にも、ちゃんと残っていた。
誰かの今の姿だけを見て、その人の全部を分かったつもりになっていないかな。
そんなことも考えました。

ボブと一緒にいることで、人が立ち止まり、声をかけてくれるようになる。
あの変化は温かいけれど、少し切なくもあります。
だって、ジェームズは、その前からそこにいたから。
猫をきっかけに、ようやく見えてくる一人の人。
僕も日常で、気づかず通り過ぎてしまっているものがあるのかもしれません。
それから、ボブは「立ち直れたら一緒にいるよ」と条件をつけない。
まだうまくいかない彼のそばにいるんですよね。
ちゃんとしてから。
元気になってから。
誰かと関わるのは、それから。
そんなふうに順番を決めなくてもいいのかもしれない。
立て直している途中にも、一緒に過ごせる相手がいていいんだと思いました🍀
もちろん、物語には彼を支える人や治療の存在もあります。
その中でボブのご飯を用意したり、体を気遣ったりする毎日が、ジェームズの「今日を大切にする理由」になっていく。

そう考えると、あのハイタッチも、かわいい芸以上のものに見えてきます。
僕には「今日も一緒にやっていこう」と伝え合っているように見えました🐾
助ける側と、助けられる側。
二人の間では、その役割が何度も入れ替わっているんでしょうね。
いつも日記を読んでくださる皆さん、ありがとうございます☺️
こうして「よかった!」と思った作品の話を届けられることも、僕にとって大切なつながりです。
観た方は、ボブのどんな仕草や、どの場面が心に残りましたか?
まだの方にも、二人の相棒っぷりに出会ってほしい一本です🎬
🌪️ビューン🪶



































































































































