こんにちは!🌪️風羽🪶です
最近、映画『ブーリン家の姉妹』を観ました🎬
※ここから少し作品の内容に触れます。

観始めは、性格の異なる姉妹が、一人の王を巡って争う華やかな宮廷劇に見えました。
でも最後まで観ると、本当に姉妹を争わせたのは、二人を出世のための駒として扱った家族と、女性の人生を自分の望みひとつで変えてしまう王だったように感じます。
最初はアンを王へ近づけようとしたのに、王がメアリーを気に入れば、家族は迷わずメアリーへ変更。
メアリーが妊娠して動けなくなると、今度はフランスからアンを呼び戻す。
娘ではなく、“家を豊かにするための存在”として扱われているのが、華やかな衣装や宮殿以上に印象へ残りました。
メアリーがアンの秘密の結婚を家族へ伝えたのも、妹を陥れるためではなく、発覚した際の処罰から守るため。
それでもアンには、愛する人も王も妹に奪われたように見えてしまう。
善意だったはずの行動が、受け取る側には裏切りとして残る。
このすれ違いがあるから、二人を単純な善人と悪人には分けられないんですよね。

フランスから戻ったアンは、服装も振る舞いも別人のように変わり、簡単には王のものにならないことで主導権を握ります。
王の言いなりにならず、“愛人”ではなく“王妃”を目指す姿は格好いい。
ところが、必死で手に入れた王妃の座が、最後には逃げられない檻になってしまうのが皮肉でした。
ヘンリー8世の感情も、愛というより所有欲に近かったのかもしれません。
手に入らない間は国や教会まで動かして追いかけるのに、望んでいた男の世継ぎを得られなければ、次の女性へ目を向ける。
キャサリン、メアリー、アン。
女性が替わっても、“何を求められているか”だけは変わりません。
強気な視線で王を翻弄していたアンが、少しずつ追い詰められていくナタリー・ポートマンの表情。
怒鳴るのではなく、感情を抑えながら姉を見守るスカーレット・ヨハンソンの演技。
この対比も見どころでした。
そして一番苦しかったのが、最後に二人が“恋敵”ではなく、幼い頃の姉妹へ戻る場面。
アンは娘のエリザベスをメアリーへ託し、メアリーは危険を承知で王へ助命を求めます。
助かるかもしれないと思わせてから、その希望まで奪われる。
王の約束も愛情も、彼の都合ひとつで変わるものだったと分かる結末でした。

それでも、物語の最後には大きな皮肉が残ります。
ヘンリー8世が望んでいたのは男の世継ぎ。
それなのに、誕生を喜ばれなかったアンの娘エリザベスが、後にエリザベス1世として長く国を治めることになります。
王妃の座を手に入れたアンは全てを失い、“もう一人のブーリン家の娘”となったメアリーは、宮廷を離れて自分の人生を取り戻す。
権力を手に入れた人が、本当の勝者とは限らないんですよね。
史実そのものではなく、歴史を題材にした人間ドラマとして、とても見応えのある作品でした😊
映画を観ながら、誰かと比べられたり、望まれた役割を演じ続けたりすると、自分の気持ちさえ見えなくなることがあるのだと感じました。
だから、お会いする時間では誰かと比べる必要も、無理に何かを演じる必要もありません。
その日の気持ちや心地よい距離感を、急がず一緒に見つけていけたら嬉しいです。
いつも大切なお時間と気持ちを預けてくださる皆さま、本当にありがとうございます🪶
観たことのある方は、アンとメアリー、どちらに心が寄りましたか?
どちらか一人だけを悪者にできない余韻まで含めて、好きな作品になりました✨
🌪️ビューン🪶