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写メ日記

全157件中61~70件を表示

龍生の投稿

ゼロと刃と、ポケットのしおり

08/08 10:54 更新

都市伝説にこういう噂がある。
死ぬと“チェックポイント”まで巻き戻る力――「死に戻り」。
ただし条件は一つ、強烈な痛みと絶望を味わうこと。
観測し直せば世界はやり直せる。けれど、そのたびに体の奥が痛む。

朝、目が覚めるたびに、微かな違和感があった。
同じ人生を何度もループしている手触り。
「気のせいだ」と言い聞かせて通勤電車に揺られる。

僕は夢のために、大きな賭けに出ていた。
知り合いの投資家に誘われ、
“うまくいけばチート級”の逆転劇。
「大丈夫、俺を信じろ」
その言葉を、信じたい自分がいた。

勉強会の前、本屋で時間をつぶす。
苦労の果てに一歩ずつ夢を叶えた女性のノンフィクション。
ページの間に挟まっていたしおりには、
「毎日の積み重ねでしか成功はつかめない」
その一文だけが、掌に温度を残した。
僕はしおりをポケットに滑り込ませる。

夜更け、勉強会が終わり、街は息を潜めたみたいに静かだった。
家の手前、見覚えのない細い路地が口を開けている。
引き寄せられるまま踏み入ると、行き止まり。
踵を返そうとした瞬間、道が消えた。

壁が呼吸を始め、アスファルトが波打つ。
空気が黒く凝り、どこからか女の声が滑り込む。
「“また”戻りたければ、ここに来な。」
次の瞬間、視界が墨で塗られ、
目を開けると、路地は消え、いつもの通りへ。
“また”って、どういうことだろう。
疑問だけを連れて、眠りに落ちた。

翌朝、電話が鳴る。
「投資先が飛んだ。資金は戻らない」
言葉が耳の中で砕け、世界の輪郭が崩れる。
暗転――脳裏に、あの路地の入り口が灯った。

探す。靴底が火花になるほどに。
見つかる。喉が鳴る。
奥まで進むと、今度は逃げ道なんて最初からなかった。
黒いものが滲み、声が低く笑う。
「また来たね。そこに短剣がある。いつも通り、自分を刺しな。」

指が柄を握る。冷たい金属が、手のひらで獣になる。
胸の中央に刃先を据えると、世界が耳鳴りだけになった。
『強烈な痛みと絶望を味わうこと』――それが切符。
刃が心臓を見つめ返す。
そのとき、ポケットの中で温度が芽を出した。
しおりだ。紙切れが、春みたいに暖かい。

「もう戻るのは終わりだ。」
音にならない声が、路地全体に広がる。
「ここからは、自分の足で歩いていく。」

光が来る。
黒が砕け、壁がほどけ、空が降りてくる。
気づけば、僕はいつもの道に立っていた。
背中の汗が風に乾き、心臓がただ前だけを指す。

それからの人生は、
「強烈な痛みや絶望を味わう」という祈りに似た呪文から、
「痛みや恐怖はあっても、希望を感じる」という
日常の姿勢へと、ゆっくり形を変えた。

毎朝、同じ時間に目を覚ます。
昨日より少しだけ整った机。
ページの隙間に眠るしおり。
“毎日の積み重ねでしか成功はつかめない”。
その言葉を、今日は声に出して読む。

僕はもう、やり直しの刃を選ばない。
失敗したら、やり直すために生きる。
足の裏で距離を測り、心で時間を編む。
一歩、また一歩。
チェックポイントは、もう“死”じゃなく、
夜ごとに積み上がる小さな達成の上に置く。

ふと、夜道で振り返る。
路地はどこにもない。
代わりに、遠くの窓に灯る明かりが、
僕の一日を静かに観測している。
目を閉じ、深呼吸。
世界はやり直さない。
僕が、続ける。

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月と少女と、二つの影

08/06 22:59 更新

量子力学には、こんな考え方がある。
「観測するまで、現実は確定しない」
つまり、世界は見る者によって形を持つ。
この理論を突き詰めると──
「誰も見ていなければ、月すら存在しないかもしれない」
そんな不思議な世界を、ニールス・ボーアという物理学者は提唱していた。

ある夏の夜、
不本意な転勤を命じられ、深夜バスで長距離を移動した。
バスを降りたのは、夜の9時。
湿った空気に汗が滲み、
重たいスーツケースを引きずりながら、
知らない街を歩いた。

ふと見上げると、空には満月。
──美しく、そして静かだった。

その光に照らされて、
地面に「二つの影」が映っていた。
「え……なんで?」
そう思った瞬間、影はひとつに戻っていた。

職場は最悪だった。
埃と暗がりと、黙った人たち。
けれど、数日後には少し心許せる仲間ができた。
昼休み、ふとした会話の流れで、
僕は彼に打ち明けた。

「実は…会社を辞めようと思ってる」
「システムを作って、自分の力で生きていきたい」
「怖いけど、それが夢なんだ」

彼は興味深そうに聞いてくれた。
嬉しくなって、僕は思っていることを全部話した。

でも翌日、会社に行くと、
空気が変わっていた。

「お前、なんか変なことやってるんだってな」
「お前と仲いいあいつが言ってたぞ」

――裏切られた。
信じていた人に。
夢を笑われたようで、
心のなかにあった火が、急に小さくなっていった。

その日の帰り道、
なぜか街が、いつもより暗く感じた。
空を見上げても、月がなかった。

それから何日も、月は姿を見せなかった。
なのに不思議と、
それを「おかしい」と思うことすらできなかった。

ある日、会社のパソコンで量子力学を検索した。
その中に、こう書いてあった。

「月は、誰も見ていなければ存在しない」

ハッとした。
もしかしたら、
僕の存在が薄れているから、月が消えたんじゃないか?

胸がざわついた。
このままじゃ、僕は本当に消えてしまうかもしれない。

あの夜のことを思い出した。
満月に照らされて、二つの影があったあの道を。
あそこから、何かが始まっていた気がした。

僕はスーツケースを引いたあの道を、もう一度歩き出した。
ひとつ、またひとつと歩を進める。

するといつの間にか、
左手に、小さな手の温もりがあった。

驚いて見ると、
そこにはおかっぱ頭の、小さな女の子がいた。

彼女は僕を見上げて言った。

「思い出した?」
「まだ間に合うよ、自分を信じて」

その瞬間、
胸の奥で何かが弾けた。
波のような衝撃が、全身を駆け巡る。

次に顔を上げたとき──
空には、あの日と同じ、いやそれ以上に美しい、
大きな満月が浮かんでいた。

僕の影は、ちゃんと地面に伸びていた。
もうひとつの影は、
いつの間にか消えていた。

それから数ヶ月後、
僕は転勤先を離れ、
自分の場所へと戻ることができた。

あの時、自分の存在が揺らいでいた僕は、
いま確かにこの場所に立っている。
誰に笑われても、何を言われても、
僕は僕を“観測”し続ける。
信じて、見つめて、照らし続ける。

今夜も、
僕の頭上には、あの夜と同じように
静かで、
大きくて、
美しい月が、ちゃんと浮かんでいる。

6598

旋律と闇と、地下の光

08/06 01:17 更新

ギリシャ神話には、愛する人を追って冥界へと降りた詩人がいる。
その名はオルフェウス。
竪琴の音で冥界の王ハデスすらも心を動かし、
妻エウリュディケを連れ帰る許しを得た。
ただし一つだけ条件があった──
「地上に戻るまで、決して振り返ってはならない」
けれど彼は、不安に負けて振り返ってしまう。
愛する人は、再び闇へと連れ戻された。

朝、目覚めると
隣の家からピアノの音が聴こえてくる。
リストの「ラ・カンパネラ」。
子供の指が跳ねるたび、音が宙に舞い
最後の最後で、ほんの少しつまずく。

それでも僕には完璧だった。
ひとつひとつの音が、昨日の続きを
小さな手で紡いでいた。

けれど──母親の怒鳴り声が割り込む。
「そんな弾き方じゃ意味がない」
不完全は、価値がないのか。
僕はその音を背中に受けて、会社へと向かう。

今日は面談の日だった。
マネージャーと、未来の話をする日。
でも僕の心は、別の音で鳴っていた。

地下駐車場の奥。
仕事中のふりをして、
スマホ越しに仲間と話す。
僕の作ったコンテンツが、今まさに立ち上がろうとしていた。
給料は半分。保証はゼロ。
でも、これは誰もやったことのない旅。

「辞めていいのか…?」
その問いが胸に浮かんだ瞬間だった。

──バンッ
蛍光灯が一斉に落ちた。
目の前の世界が、黒い墨で塗り潰される。
照明の音が反響し、コンクリートが脈打つ。

背後に何かがいる。
生ぬるく光る気配。
振り返れば、楽だったかもしれない。
でも僕は振り返らない。そう決めていた。

次の瞬間、静寂を切り裂くように、
あの「ラ・カンパネラ」が聴こえた。
子供が奏でる、いびつで、でも美しい旋律。
失敗を恐れない指の震えが、
真っ暗な空間を灯していく。

僕はその音を辿って、前へ進んだ。
足元が見えなくても、確かなものがあった。
気づけば、地下駐車場の入り口に立っていた。

面談室に戻る。
マネージャーが言った。
「これから何を目標にしていくんだ?」

僕は言った。
「会社を辞めて、自分らしく生きていきます」

一瞬、空気が止まった。
マネージャーは口を開けたまま、何も言えずにいた。
その表情を見て、なぜか心が軽くなった。

「辞表は後日出します」
そう言って、ドアを閉めた。

翌朝。
また、あのピアノが聴こえてくる。
小さなつまずきと、
それでも前へ進もうとする音。

僕は自転車に乗る。
会社とは違う方向へと舵を切る。

完璧じゃなくてもいい。
誰かの正解じゃなくてもいい。

不完全でも、美しいと思ったその方角へ──
振り返らずに、ただ、進んでいく。

きっと、
あの子も、そうやって音を紡いでいるのだと思う。

6598

自由とチェンソーと、未来の選択

08/04 22:42 更新

毎朝10キロを走っていた
帰宅してからも、腕立て100回、腹筋500回、スクワット500回
眠くても、痛くても
「我慢すれば、必ず報われる」と信じてた

カッコよさって、
耐えて、結果を出すことだと思ってたから

──でも、ある日
身体は音を立てて壊れた

人生初の入院
ベッドの上で、僕は初めて「休む」という行為に戸惑っていた

病室には皮肉屋のAさんがいた
「痛がりすぎだよ」「もっと我慢しなよ」
僕は言い返した
「してますよ。でも、痛いんです」

……それでも悔しかった
彼の言葉をなかったことにしたくて
僕はリハビリを無視して、限界まで歩いた

1週間で回復した
「ほら、やっぱり我慢すれば結果は出るんだ」
自分にそう言い聞かせた

会社では、また“誰もやりたがらない仕事”が僕のところに回ってくる
上司は笑って言う
「お前は体力あるから大丈夫だろ?」

気づけば、やりたくもない作業を
“効率化の鬼”として完璧にこなす自分がいた
評価されること、それが正義だと思い込んでた

今日もサービス残業
胸の奥がズキズキする
痛い、なんだこれ……

終電のホーム
誰かが後ろをついてくる気配

──振り返った瞬間

天井から、チェンソーを構えた怪物が飛び降りてきた

Aさんの顔だった

心臓に激痛
胸の中心から何かが──引き抜かれる

長い“紐”が出てきた
それを引いた瞬間、両腕が──チェンソーに変わった

血が滲むほどのエンジン音
Aさんが突進してくる
僕は両腕のチェンソーを十字に構えて──切り裂いた

熱と断末魔が空気を裂き
僕は静かに言った

「未来のない我慢パーティーは──もう終わりだ」

そして、意識が遠のいていった

──気がつくと
朝だった

病院のカーテン越しに、光が差していた
昨日より少しだけ自由な呼吸ができた

我慢することは、悪くない
でも「我慢が正しい」と思い続けたせいで
自分の願いや感情が、ずっと置き去りになっていた気がする

だから僕は決めた

これからは
“欲望のために我慢する”ことにする

鍛えるのも、努力するのも──
誰かに認められるためじゃない

僕が「こうありたい」と思う自分になるために

今、両腕に宿るこのチェンソーは
もう誰かの評価のためじゃなく
自分の“自由”のためにだけ、うなる

6598

ひまわりとヘルメットと、答えのない部屋

08/04 04:50 更新

みんなが向かう方向に
何の疑いもなくついていく子どもだった
でも、ずっと胸の奥に
小さな問いがあった──
「本当に、これが正解なの?」

 

会社の評価のための資格勉強
興味もないページを開く手は
まるで誰かの人生をなぞるようだった

ある日、本屋の棚の隙間から
自由に旅立った、ひとりの女性の物語が
僕の心をこじ開けた

続きは、ブログにあると──
パソコンが苦手だった僕が
ブログを読むためだけに、PCを買った

ページをめくるたび
彼女の旅と、僕の時間が
同じ風の中を進んでいた

最後のページに添えられた
一枚の、ひまわりの絵

僕は、忘れなかった

 

その日、国家のインフラを支える
巨大サーバーのメンテナンスに向かった

冷たい空調の音
並ぶラックの光
5人の作業員と、張り詰めた空気

突如──
メインブレーカーが落ちた

制御装置のバグ

このままでは、列車が止まり
病院の人工呼吸器も、信号も、すべてが沈黙する

リーダーが言った
「通常作業じゃ、もう間に合わない」
──STEM(ステム)を使うしかない

脳とコンピューターを繋ぐ、禁断の装置
成功すれば一万倍の速度で処理できる
でも、失敗すれば…二度と戻れない

リーダーがヘルメットを装着した
数分後、煙が上がり──沈黙した

 

僕は、震える手で装置を被った

目の前が、闇に塗りつぶされる

──気づくと、そこは巨大な美術館
プログラムの中枢神経だった

壁には無数の絵
知性、欲望、支配、権力、名声

でもその奥に、
ひときわ柔らかな光の中で
“あのひまわり”が微笑んでいた

僕は、ひまわりに手を伸ばした

世界が崩れ、音を失い、
次に目を開けたとき──
そこは、サーバー室だった

 

すべて、動いていた

 

もう、誰かの評価のための人生はやめよう

資格では測れない道を
自分の感性で、積み重ねていこう

あのとき
あの絵の中にあったのは、たしかに
旅の続きを歩く
「自由という答え」だった

それは、地図にも記されない
僕だけの“進む方向”を
静かに照らしてくれていた

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月とクラゲと、自由の海

08/03 01:43 更新

大粒の雨が、空をたたく
風がちぎれた雲をさらう日

クラゲが、ふわりと舞い上がる
“いまなら、空を泳げるよ”って

フクロウの秘密のトンネルを抜けて
たどり着いたのは
水のようにやわらかな、空の場所

月がぷかりと浮かんでいた
その香りは、自由だった
誰のものでもなく
でも確かに、ふたりを照らしていた

星の椅子に腰かけて
無限の時間を一緒に味わった
雲のベッドが
“振り返るな”と囁きながら
ふたりを宇宙の奥へと運んでいく

手をつなぐ言葉のリズム
交わすまなざしが
空白だった場所を
静かに埋めていく

やがて海のような空を漂いながら
あなたの感情が
頬をつたって、僕に届いた

境界に触れた瞬間、
僕はひとつの願いを受け取った
──たとえ誰かの光になっても
心の帰る場所は、ここであってほしいと

月がうなずいた
“自由とは、離れてもつながること”と

僕は返事をしなかった
けれど、手のひらのぬくもりだけは
ずっと離さなかった

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ポッキーとピラミッドと、風のある場所

07/31 03:18 更新

空地の砂の丘で
3対10の喧嘩がはじまった

ランドセルを放り投げて、帰り道がたまたま同じだった3人組
そのうちの1人が
ガタイのいいリーダー格に引きずられそうになった

僕は反射的に走り出し
そのリーダーに馬乗りになって
殴りかかった

でも拳は
ぬるりと力を逃していった
何度打っても、響かない

リーダーは静かに立ち上がって言った
「お前、なかなか勇気あるね」

僕はもう終わった、と思った
震える手の中で
その言葉だけがやけに柔らかく残った

リーダーは黙って仲間を連れて帰っていった
翌日、僕が助けた相手は
何事もなかったように僕を素通りした

「なんで……?」

誰も答えてはくれなかった
 

職場でも同じだった

身体の弱い女性が
毎日のように、からかわれていた

「気持ち悪いよな」
そんな言葉が
同僚たちの口から簡単にこぼれる

僕は
見て見ぬふりをしていた

ある朝──
彼女が、会社前の道で転んでいた

僕は思わず声をかけた
「大丈夫?」
肩を貸して、彼女を立ち上がらせた

「私って、嫌われてるのかな……」

彼女はそう言って、号泣した

「そんなこと、ないよ」
そう答えながら事務所に付き添うと
中で笑い声が待っていた

「え?付き合ってんの?」

僕は言った
「いい加減にしなよ」

空気が凍った

昼休み
彼女がポッキーとドライバーをくれた

それは
僕にとっての、たったひとつの“肯定”だった

 

午後、僕は
嫌がらせのように
この職場で一番やりたくない仕事を命じられた

排気塔の内部点検
高さは7メートル
命綱なし
一人で作業

今の時代に、こんなやり方があるか?

でも
それがこの職場だった

梯子を使って排気塔の中を降りていく
鉄の匂いと、熱い空気
足が震え、喉が焼けるようだった

下から──
ギィ……ギィ……と何かを引きずる音がした

振り返ると

ピラミッド型の頭を持つ
巨大で醜悪な化け物が
四つ足で、壁を這い上がってくる

その勢いで
梯子が外れる
僕の体は、宙づりになった

冷たい鉄の感触
握力が限界を超えていく

落ちれば、死ぬ

そのとき
壁の点検口が、一瞬だけ光った

ポケットの中に──
あのドライバーがあった

僕は必死に点検口をこじ開け、滑り込んだ
化け物が点検口に手を伸ばしてくる
狭い空間で僕は
ドライバーを振りかざし──突き刺した

化け物は呻き声を上げ、落下していった

 

あとで知った
あの排気塔には
点検口なんて、そもそも存在していなかった

 

僕は決意した
この場所から離れる

誰かの築いた巨大なピラミッドの中で
上を見上げながら
熱と怒号と嫉妬で満たされるよりも

たとえ
石を一つ一つ自分で積む人生でも

その上で感じる風のほうが
ずっと自由で、
ずっと心地よかったから

6598

約束と溺れる街と、あの日の改札

07/29 22:24 更新

暑い夏の日
駅の出入口で、僕は立っていた

「ここで待ってろ」

そう言い残して
父はいつも、しばらく戻ってこなかった

あとで知った
あの時間、父は
僕を置いてパチンコに行っていたらしい

誰かに見られるのが恥ずかしくて
声をかけられるのも嫌で
僕はただ、無言で立っていた

外は晴れていたけど
心の中では、ずっと台風が吹いていた

その日もまた
優しい誰かが声をかけてくれた

「どうしたの、大丈夫?」
「今はまだ無理かもしれないけど……」
「待つんじゃなくて、自分で選んで、本当に必要な人に会いに行くの」

そう言って、そっと
切符を僕の手に渡してくれた

顔をあげると
そこにはもう、誰もいなかった

 

今日、僕は
田舎の物件での会議に向かっていた

同行するのは、苦手な同僚
上司に命じられて組まされた関係だ

「今日は台風らしいですね」

彼の言葉に曖昧に頷いて
“選べないのは仕方ない”と、自分に言い聞かせる

電車の窓から見える風景が
だんだん緑に飲まれていく
まるで都会の記憶を、誰かが消していくみたいに

会議は終わり
帰りはひとり

降り立ったのは
小さくて古びた駅
改札は昔のように、切符を入れるタイプだった

3時間に1本の電車を待つ
空模様が怪しい

風が鳴る
川が溢れる
道が水に呑まれていく

逃げ道だった細い道も
音もなく、水に沈んでいった

足元まで
濁った水が満ちてきて

もう、どこにも行けない──
そう思ったその瞬間

雷鳴が響き、空が裂けた
視界が一瞬、真っ暗になる

そして目の前に──改札があった

僕はポケットを探る
そこには、あの日の切符が残っていた

迷わず、それを差し込む

 

扉の向こうで
僕は、あの日の駅に立っていた

そして
昔の“待っていた僕”が、そこにいた

僕は静かに近づき、
何も言わずに、ぎゅっと抱きしめた

「もう、待たなくていい」
「自分の心に従って旅をすれば
 本当に必要な人に、ちゃんと会える」

その言葉は
自分自身に向けたものだった

 

気がつくと
僕はまた、あの駅にいた

さっきまでの水は引き
台風は通り過ぎていた

空には、晴れ間が広がっていた

 

あの日から
僕は、誰かが決めた道ではなく
自分で選ぶ旅に出ることにした

誰かの言葉を待つのではなく
自分の意志で踏み出すことを選んだ

それが
険しくても楽しいということを

ようやく、知ったから

6598

霧と三角と、階段の向こう

07/29 01:00 更新

「自分には何もない」
そう思って、ベッドに横たわっていた

ラジオから流れる音楽だけが
唯一の外との接点だった

階段までの距離が遠い
降りた先に未来がないような気がして

それでも、
ほんの少し、自分を信じて
階段を下りた

その先には
濃い霧の世界が広がっていた

努力はしていた
でも何も変わらなかった
霧は晴れず
時だけが、ただ過ぎていった

 

あの頃
僕は現場の問題対応のため
始発で、海沿いのライブハウスへ向かう日々を送っていた

まだ誰もいない早朝
裏方の仕事を作業員と共に進める

ライブの残骸で
床はベタベタに汚れている
階段が異様に多く、息が切れる

倉庫には
三角の形をした奇妙な物体がいつも置かれていた
まるで、頭のような──不穏な何か

やがて偉そうな人間たちが出勤してくる
「まだ終わってないのか」

怒号と疲労のなかで
海と空の狭間を飛ぶように
本社へと戻っていく

毎日がその繰り返し
努力しても
誰も見ていない
誰も認めてくれない

目の前の霧は、さらに深くなっていった

 

ある日──

作業中に
突然、全照明が消えた

静寂が崩れる
何かを引きずる音が、背後から迫る

振り向くと
あの三角頭が
巨大な人間の姿になって
錆びた大剣を振りかざしていた

僕は走った
逃げた
作業員たちはどこにもいない

館内は、霧で包まれていた

べたつく床が足をとらえる
逃げ道がわからない

転んだ
すぐ後ろで、鉄が床を裂く音
間一髪でかわす

──そのとき、気づいた

階段が、ない
あの日の階段を下りたときの霧を思い出した

そして
気づいたんだ

努力をすれば報われると信じていた
でも、それは
「誰にでもできる安全な道」への努力だった

苦しいけど、正しそうに見える道
そこには、本当の自分の目的地なんてなかった

 

僕は立ち上がって
三角頭に向かって言った

「もう大丈夫
 方向は、見えた」

三角頭はその言葉に反応し
自らの剣を、自分に向けて突き刺した

霧が震えた
音が消えた

そして──
彼の姿は消えた

その瞬間、目の前に
階段が現れた

霧が晴れ、先が見える
光が射す

 

霧が晴れた世界では
頭上に、いつも太陽がある

僕の中には
誰かが描いた常識という霧を
切り裂く剣がある

あの日、怖くて降りられなかった階段
今なら──その先へ行ける

物語は続いていく
選んだ方向へ
自分の足で、はっきりと

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光と波と、ふたりの雫

07/28 02:16 更新

昔は
曇りガラスのようだったあの窓

けれど今日は
陽の光を受けて
透明になったガラスに
かもめが一羽、映っていた

タロットカードでも
きっと、出なかった未来

ふたりが
同じフィーリングの海の上を
すべるように、飛んでいくなんて

静かな波のリズムに包まれながら
ふたりは
同じ空気の中にそっと漂い
ただ、それだけで満ちていた

青い水面を滑り
空と海のあいだに浮かぶように

時間じゃない
言葉でもない

濃い夢だけが
美しく、雫のように
心の奥を流れていった

 

通い慣れた街並み
約束のない午後

それは、ふたりだけの物語の余白となり
都会の真ん中に
波の音を呼び込んでいた

ゆれる水の中で
心がふわりと踊り
丘の上では
風が髪を撫でた

ふたりで描いたのは
瞳の奥にある色彩

それは誰にも見えない画材で
ゆっくりと、確かに
この胸の奥に描かれていった

 

帰り道──

ふと、懐かしい声が聴こえて
曇る夜のガラスに
かつての夢が滲んでいく

光る夜景のなか
確かにそこに、君がいた

きっと今夜も
静かな夢の中で
そのまま、眠りについていくんだろう

たとえ
この静けさの先が
どこへ続いているのか、わからなくても

光と静けさと、波の記憶を胸に
ふたりで漂ったあの時間は
たしかにここに、残っている

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