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写メ日記

全84件中11~20件を表示

霜月の投稿

凍結😅

09/23 22:43 更新

Xのアカウント凍結されてしまいました😅

しばらくはサブ垢で対応しますが、

異議申し立ての方も頑張ってやっていきたいと思います。

しかし、なぜ?

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タンノイ😍

09/23 15:40 更新

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先日訪れたレコード屋さん、

タンノイという高級オーディオメーカーの

ビンテージっぽいスピーカーが鎮座してました。

(アーデン?)

タンノイはクラシック専門のスピーカーと力説する方を、

よくお見かけしますが、

意外とジャズ喫茶やロック寄りのレコード屋さんでも活躍してますよね😄

音の世界は奥が深すぎて一概にはなんとも言えませんが、

(.プレイヤーやアンプとの相性もあるし、部屋の広さやセッティングのやり方でも全然変わってくる)

ちょっと聴いただけで「あ、良い音😍」と思えたので、

タンノイでロックを聴くのもアリなのでしょう。

 

 

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そぶちゃん、ありがとう展

09/19 19:06 更新

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久々に渋谷パルコへ。

コミック、小説、絵本など、数々のブックデザインを手掛けた祖父江慎さんの回顧展。

9/23(水)まで渋谷パルコ8Fほぼ日のイベントスペースで開催中。

興味ある方は是非!

 

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8月の御礼です🙇‍♂️

09/01 15:19 更新

霜月と申します。

僕は入店以来ランキングとは無縁のセラピスト活動を

続けていましたが、な、なんとこの度2ヶ月連続で

「もうすぐランクイン」に入ることができました。

僕を予約してくださった霜月ガールズの方々。

ステキな口コミを書いてくださった霜月ガールズの方々。

僕のセラピスト活動を支えてくださった事務局の皆様。

そして、常に僕に良い刺激を与えてくださるセラピストの皆様に

大感謝です🙇‍♂️どうもありがとうございました♪


今回は末席です。
かつて国政選挙で最下位当選した立川談志は

「真打ちは最後に出るもんだ」と言い放ちましたが、

僕はそこまでは、とてもじゃないけど言えません😄


でも、誰かにとっての真打ちになりたいなあとは思ってます😄

今後とも、どうぞよろしくお願い致します。

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豊臣兄弟♪

08/31 22:12 更新

普段はあまり大河ドラマには関心が無いのですが、

(最近、熱心に観たのは「いだてん」ぐらいかな)

今回の豊臣兄弟は今のところ欠かさず観ております。

なぜなら推し俳優が出演しているから😄

しかも、割と重要な役柄。

しっかし舞台で観るのと大違いだなあ。

シリアスな芝居しているの初めて観た😄

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いよいよ来週から♪

08/28 12:07 更新

いよいよ来週から

待ちに待ったイベントが始まりますね😄

皆さん、読めますよね😄

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ふと思った

08/24 21:59 更新

NISSANの御曹司は、やっぱり日産プリンスとか言われちゃうのかなあ?

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神保町へ♪

08/15 14:13 更新

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久々に神保町へ♪

岩波ビルとお別れしてきました😢

来月から解体工事が始まるんだって😢😢

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いよいよ、暑気払いイベント😄

08/09 11:59 更新

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霜月と申します。

来週から始まる暑気払いイベントを記念して、

過去に作った縦読みを再投稿します。

(しつこい❗️)

皆様のお越しを、セラピスト一同、心よりお待ちしております😄

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祖母から聞いた話

08/06 18:41 更新

今日は8月6日

何年か前に投稿した日記を、再度投稿します(しつこい😅)

備忘録としても残しておきたいので。

 

 

太平洋戦争末期、僕の祖母(当時28歳)は、まだ幼子だった僕の父と叔父を連れて、東京から祖父の生家がある広島県東部の小さな集落へと疎開した。その頃祖父は二度目の出征のため大陸に渡っており、長らく家を留守にしていた。幼子二人を抱えての長旅は苦難の連続であったそうだ。鈍行列車を何度も乗り継ぎ一路西へと向かうが、旅も終盤に入った頃、米子で大きな空襲に遭い、乗っていた列車は運行打ち切りになった。

一行は知らない街に放り出された。

泊まる場所を求めて民家をいくつか訪ねるも、非常時に行きずりの旅人を泊める余裕などあるはずもなく、時には罵声を浴びながら追い返されたという。

這う這うの体で祖父の生家へ到着したものの、当初は、あまり歓迎はされなかったようだ。時期が時期だけに、いくら長男の嫁とはいえ、子連れで帰ってこられては厄介に思われるのも無理もない。

そして程なくして8月6日を迎える。

祖父の故郷は広島市からは遠く遠く離れた山奥にあり、割と普段通りの生活が営まれていたらしい。同じ広島県内ではあるが、新型爆弾が投下されたことを知ったのは翌日の夜のことだったそうだ。

終戦後、洋裁が得意だった祖母は、近所の人たちを集めてちょっとした教室を開き、代わりに食料を分けて貰っていた。田舎の方では、当時はまだ洋裁が珍しかったらしく、祖母の教室は評判を呼び、地元の人とも仲良くなれたようだった。
洋裁に用いる生地は、各自が用意することになっていたらしいが、とても服生地とは呼べないようなボロを持ってくる人が多く、東京の暮らししか知らない祖母は、軽いカルチャーギャップを覚えたようだった。

祖母は、想像もつかないほどの辛い経験をしてきたはずなのだが、いつも笑い話のようにユーモアを交えながら、戦争体験を語ってくれた。何事にもクヨクヨする事なく、いつも大らかな人柄であった。祖母は小学生の頃に関東大震災を経験しており、その事も人生観に影響を与えたのだろうか。

祖母の体験してきたことと比べたら、自分の悩み事なんて、いかに小さいことか。

歴史は地続きとはよく言ったもので、先人の方々の苦労があってこそ、今、平和を享受できていると痛感する。

真夏は特にそう思う。

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