朝、ふと窓を開けたとき、懐かしい香りがした。
ああ、金木犀だ。
忘れた頃に、毎年必ずやってくる香り。
僕にとっては懐かしい香り。この香りを吸い込むと、胸の奥に少しだけ、火照るような痛みが灯る。
季節の境目は、いつも感情の輪郭を曖昧にする。
道すがら、揺れる金木犀の木を見つけた。
風に任せて、花がはらはらと落ちる。
枝の先がわずかに震えるたび、あたりの空気ごと少しだけ切なくなる。
あの香りをまとった風だけは、
まるで誰かの記憶みたいに部屋の奥まで入り込んでくる。
人はきっと、何かを失くした後の方が、優しくなれるのかもしれない。
自分の足元を見つめる時間が、ようやく持てるようになる。
その時に寄り添ってくれるのが、こうした何気ない風景なんだろう。
今年の金木犀は、少し長く香っている気がする。
もしかすると、何かを思い出せと言われているのかもしれない。
